2011年8月24日水曜日

強い行為と弱い行為者

このように、行為は他のどんな人工の生産物よりも勝れた巨大な耐久能力をもっている。もし人間が活動過程のほかならぬ強さとなっている不可逆性と不可預言性という重荷を背負うことができるのなら、このことは自慢の糧にもなろう。しかし、人間はそれが不可能であることを常に知っていた。活動する人は自分の知っていることをまったく知らないということ。そして彼は自分の意図もせず予見さえしなかった帰結についてかならず「有罪」になるということ。彼の行為の結果がどんなに悲惨で予期しない物であろうとそれを元に戻すことはできないということ。彼が始める過程はただ一つの行為や出来事によってきっぱりと完結しないということ。『人間の条件』p366
「行為」はなぜ、これほどまでに巨大な耐久能力をもっているか。

「大きな活動」になればなるほど、「目的」を達成するために「複数の行為」が含まれるようになる。そしてその「行為」の一つ一つが、さらに「複数の小さな行為」が含むことがある。「行為」と「複数の小さな行為」は入れ子の関係であるとともに、「小さな活動」として捉えることができる。このとき「大きな活動」は、いくつもの「小さな活動」を入れ子関係として含むことから、全体的には階層的な構造として捉えることができる。「大きな活動」の上層からは、下層に向かって構造的な関係を俯瞰できる。しかし、下層からは上層に繋がる部分のみが見えていても、それ以外の部分は見えない状態にある。なぜならそれは「小さな活動」にも、「プラトン的分離」が生じているためである。

このように「活動」が階層的な構造である場合、「上層の活動」は「下層の活動」に対して「主人」と「奴隷」の関係をなしている。だから、「上層の行為者」は常に、同じような主従関係を「下層の行為者」に対してとることになる。また、「上層の行為者」は「手段」として十分であるならば「下層の行為者」を適宜選ぶことができるが、どのような状況においても、「下層の行為者」は、「奴隷」としての立場におかれることになる。

このような事情をふまえてわかることは、行為者は「主人」と「奴隷」の役割の両方を担っているということである。

「行為者の特徴」をまとめると、
  1. 「主人」は、「奴隷」を支配し、与えられた「目的」を達成する(プラトン的分離)
  2. 「主人」は、(能力を満たす)誰でも「奴隷」にできる(奴隷の匿名性)
  3. 「奴隷」は、「主人」から言われたことしか知らない(不可逆性)
  4. 「奴隷」は、「主人」から言われたことしか知らない(不可預言性)
  5. 「奴隷」は、「主人」に拘束されているだけである(不帰属性)
となる。

3、4が、(不可逆性、不可預言性)となっているのは、行為者が、自分の行為の範囲においても、「活動」の二つの性質をそのまま引き継いでいるためである。

では、ここで冒頭の質問にもどろう。
「行為」はなぜ、これほどまでに巨大な耐久能力をもっているか。
「行為」は、上記の特徴をもつ行為者によって行われているからだ。そして、行為者である人間は病気にかかったりや死んだりする事もあるが、「行為」は適任者でありさえすれば割り当てることができる(奴隷の匿名性)。

しかし、「行為」は耐久能力に勝れているかもしれないが、行為者は人間である。だから行為者の立場、人間の立場になって考えることが、この考察のもっとも重要なことになる。

たとえば、人間であるならば事故やトラブルに巻き込まれた場合、あるいは、事故やトラブルを起こす当事者になった場合、事故やトラブルの原因や被害を受けた人のことを心配したりするだろう。ところが、「活動」は、行為者の個人的な事情にはいっさい関与しないし、最悪の場合、別の行為者を割り当てることで「活動」を継続させる(安定性:内的障害への対応)。

また、「活動」そのものに想定していなかった問題が見つかっても、部分的な修正を加えるなど、「小さな活動」を入れ替えることで「活動」を継続させる(堅牢性:外的障害への対応力)。だから、「行為」は、あたらえられた「目的」に適うように自らを蘇生させながら継続することができる。そして、このような「活動」によって生じた事故やトラブルの原因は、「活動」や「行為」にではなく、行為者にその矛先を向けられやすい。このことは、なによりも残念であり、かつ残酷なこととであるが、人間だけが主体的に行動するという人びとの強い思い込みがあるためだろう。
彼の行為のほかならぬ意味は、活動者にとってはまったく明らかでなく、ただ自身は活動しない歴史家の過去を見る目にのみ明瞭になるということ。こうしたことをすべて人間は知っていた。p366-367
アーレントは、さまざまな事実関係を照合しようとする歴史家だけが、その事柄の真相を明らかにできると指摘している。もっとも、その真相が明らかになるまで、人間はどれだけ耐えられるのだろう。

「行為」は強く、行為者は弱い。

1 件のコメント:

  1. 都会で働き口を見つけて生活している人が、
    働き口に対しても帰属意識が持てないのは、
    勤め先から、その人でなければならないという実感を感じることができないからだと思います。
    「行為者の特徴」にあげた、2と5の特徴は、きわめて重要な問題だと思います。

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