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2011年8月27日土曜日

人間力の大きさ(上)

許しと約束のリアリティ]からの続き 

したがって、許しと約束というこの二つの能力は、共に多数性に依存し、他人の存在と活動に依存している。というのは、誰も自分自身を許すことはできないし、だれも自分自身とだけ取り交わした約束に拘束されていると感じることはありえないからである。独居や孤立の中で行われる許しと約束は、リアリティを欠いており、一人芝居の役割以上のものを意味しない。『人間の条件』p372
アーレントは、「活動」に関わる行為者の救済には「許し」と「約束」が必要であるという。「活動」は、一人で行なうものではなく、常に他人の存在が共にある、というリアリティに依存している(多数性)。だからこそ、行為者を孤立させないように、他者の存在を明らかにすることが大切になる。
この二つの能力が多数性という人間の条件にこれほど密接に対応している以上、それが政治で果たす役割は、プラトンの支配の概念に見られる「道徳的」標準の対極に立つ指導原理を樹立する。というのは、プラトンの支配は、その正統性を自己の支配に求めており、したがって、その指導原理を私と私自身の間に樹立された関係から引き出しているからである。そしてこの指導原理が、同時に、他人にたいする権力をも正当化し、限定づけているのである。この結果、他人との関係の善悪は、自分自身にたいする態度によって決定され、ついには、公的領域全体が「大文字で書かれた人間」のイメージで眺められ、人間個人の精神的能力である魂と肉体との正しい順位のイメージで眺められるようになる。これにたいして、許しと約束の能力から推論される道徳律は、自分自身との交わりでは味わうことのできない経験にもとづいており、それどころか、まったく他人の存在に基礎を置いているような経験にもとづいている。プラトンの場合、自己支配の程度と様式が他人にたいする支配を正当化し、決定した。つまり、人は自分自身を支配する程度に他人を支配するのである。これと同じように、許され、約束される程度と様式は、人が自分自身を許し、自分自身にのみ関係がある約束を守る程度と様式を決定する。p372-373
では、ここに示された、これらの対極的な概念を整理してみよう。

プラトンの支配(自己支配)の程度と様式
  • 「道徳的」標準
  • 他人にたいする支配を正当化
  • 他人との関係の善悪は、自分自身にたいする態度によって決定され
  • 公的領域全体が「大文字で書かれた人間」のイメージ
  • 人間個人の精神的能力である魂と肉体との正しい順位のイメージ
許され、約束される程度と様式
  • 許しと約束の能力から推論される道徳律
  • 自分自身との交わりでは味わうことのできない経験
  • 他人の存在に基礎を置いているような経験
  • 人が自分自身を許し、自分自身にのみ関係がある約束を守る

「プラトンの支配の程度と様式」が目指したのは、
プラトンの計画では、市民は、たしかに公的問題を扱う際にそれぞれの一定の役割を保持している。しかし、そこには、実際、党派闘争はもとより内部的不一致の可能性さえなく、市民はまるで一人の人間のように「活動する」。つまり、肉体的外観は別として、支配のおかげで「多数者はあらゆる点で一つになる」のである。歴史的に見ると、支配の概念は、なるほど、もともとは家族や過程の領域に端を発している。…彼はこの概念の中に、人間事象を秩序立てて、判断するための主要な仕組みを見ていた。このことは、彼が、都市国家は「大文字で書かれた人間」と見るべきであると主張したことにも明らかであるし、彼が構成した心理的序列が、実際にはユートピア国の公的序列に従っている点からも明らかである。そればかりではない、それは、彼が終始一貫、支配の原理を自分が自分自身と行なう交わりの中に導入した点にもっとはっきり明示されている。プラトンと西洋の帰属的伝統において、他人を支配するのに最もふさわしい適正基準は、自己自身を支配する能力である。p353-354
とあるように、市民はまるで一つの意志によって動く、まさに「大文字で書かれた人間」のように見える都市国家であった。

だから「プラトンの計画」では、「始まり」には「道徳的」標準となる「適正基準」を決める必要がある。そして、この「適正基準」を決めることこそ、「プラトンの計画」の本質を表している。

たとえば、ある都市国家の市民たちが、ある町から別の町へ移動する「目標」が立てられる状況を想定してみよう。

その決定には、移動する人たちの構成(成人、子供、老人、病人の有無などの情報に加えて、それぞれの人数)、移動させる物資の種類や量、天候、距離、道の起伏(地形)など、さまざまな条件が考慮されるはずである。その結果、ある町から別の町へ移動する日程、所要時間、携行品などが決められる。こうした推考を経て決められる「適正基準」こそ、人びとにとっての「目標」となる。一旦、決められた「目標」に対して、人びとは「自己自身を支配する能力」を持って執行する。そのことが都市国家の市民の「善」として考えられていたのではないだろうか。もっとも、そうした「大文字で書かれた人間」を強制的な集団行動のイメージとして捉えようとするなら、それは間違っていると言わざるをえない。なぜなら、「歴史的に見ると、支配の概念は、なるほど、もともとは家族や過程の領域に端を発している」とアーレントが指摘したことからも、「大文字で書かれた人間」とは、「都市国家」ほどに大きな「家族」であり、運命共同体であったと考えられるからである。
この外見上の矛盾は、人間の活動能力につきまとう難問が本当に根深いものであることを示している。それと同時に、ここには、活動の冒険と危険を取り除きたいという誘惑がいかに根強いものであるかということがはっきりと示されている。実際、自然に立ち向かって人間の工作物を打ち立てる場合の活動力には活動よりももっと信頼できる固いカテゴリーがそなわっており、私たちはそれを人間関係の網の目の中に導入することによって、活動の冒険と危険を取り除きたいと考えているのである。p361
ところが、[プラトン的分離]によって「活動」が「目的」と「手段」に分離された結果、人びとは「目的」を達成するためであれば「手段」を選ばなくなってしまった。その経緯については、[もっと信頼できる固いカテゴリー]に書いた通りである。

その結果、僕たちの生活ぶりを眺めれば自明のことなのだが、現代には、たとえば移動手段一つとってみても、いくつもの選択肢がある。徒歩、馬、自転車、バイク、ボート、自動車、バス、電車、飛行機、ジェット機など、事例にはこと欠かない。「目的」を達成するために、どのような「手段」を選ぶのかは個人の判断だと現代人は考えているだろう。
プラトン的思想の伝統では、「始まり」はすべて支配を正統化するものとして理解されるようになった。しかし最後には、「始まり」の要素が支配の概念から完全に消滅し、それと共に、人間的自由に関する最も基本的な本当の理解も政治哲学から消えた。p354
その結果、「活動」の「評価基準」は、「始まり」ではなく「終わり」になった。つまりそれは、「活動」の「始まり」に作られる「適正基準」ではなく、「前回の終わり」と「今回の終わり」を比べるための「比較基準」になったといえる。

「活動」は、いったん「始まる」と何度も繰り返される。だからこそ、このような「比較基準」を導入することはとても大切になる。もちろん、繰り返えさない「活動」もある。その場合は、先程行なった「プラトンの計画」の異なる「結果」を想定してみると判りやすい。たとえば、ある町から別の町へ移動するのに、「計画」よりも速く着いた場合、「始まり」に作られた「適正基準」と異なる「結果」となるために、その「活動」は「悪」として評価されてしまうのだ。

そのような事情から、人びとがより新しい「手段」を選べるようにするためにも、「許し」と「約束」による救済が必要になったといえる。つまり、「許しと約束の能力から推測される道徳律」は、このようにして生まれたといえるだろう。

このように整理してみると、「許され、約束される程度と様式」は、「プラトン的分離」を行なったことに対する必然的な結果であると言わざるをえない。


実は、ひとつ気になっている箇所がある。
許され、約束される程度と様式は、が自分自身を許し、自分自身にのみ関係がある約束を守る程度と様式を決定する。p373
この「」は、実は「人」という概念の新しい在り方を示していると思う。

つまり、この「人」とは、「前回、ある手段を選んだ人」と「今回、別の手段を選んだ人」が同じ人物ということが起こりうるという意味を含んだ「人」である。それは、同じ人物でも時間が経って考え方が変われば、この「人」として表現することが可能になることを意味していると思う。

「過去に執着せず、より考えて生きようとする姿」こそ、「人間力の大きさ」を表す概念ではないだろうかと思う。


人間力の大きさ(下)]に続く。

2011年8月24日水曜日

強い行為と弱い行為者

このように、行為は他のどんな人工の生産物よりも勝れた巨大な耐久能力をもっている。もし人間が活動過程のほかならぬ強さとなっている不可逆性と不可預言性という重荷を背負うことができるのなら、このことは自慢の糧にもなろう。しかし、人間はそれが不可能であることを常に知っていた。活動する人は自分の知っていることをまったく知らないということ。そして彼は自分の意図もせず予見さえしなかった帰結についてかならず「有罪」になるということ。彼の行為の結果がどんなに悲惨で予期しない物であろうとそれを元に戻すことはできないということ。彼が始める過程はただ一つの行為や出来事によってきっぱりと完結しないということ。『人間の条件』p366
「行為」はなぜ、これほどまでに巨大な耐久能力をもっているか。

「大きな活動」になればなるほど、「目的」を達成するために「複数の行為」が含まれるようになる。そしてその「行為」の一つ一つが、さらに「複数の小さな行為」が含むことがある。「行為」と「複数の小さな行為」は入れ子の関係であるとともに、「小さな活動」として捉えることができる。このとき「大きな活動」は、いくつもの「小さな活動」を入れ子関係として含むことから、全体的には階層的な構造として捉えることができる。「大きな活動」の上層からは、下層に向かって構造的な関係を俯瞰できる。しかし、下層からは上層に繋がる部分のみが見えていても、それ以外の部分は見えない状態にある。なぜならそれは「小さな活動」にも、「プラトン的分離」が生じているためである。

このように「活動」が階層的な構造である場合、「上層の活動」は「下層の活動」に対して「主人」と「奴隷」の関係をなしている。だから、「上層の行為者」は常に、同じような主従関係を「下層の行為者」に対してとることになる。また、「上層の行為者」は「手段」として十分であるならば「下層の行為者」を適宜選ぶことができるが、どのような状況においても、「下層の行為者」は、「奴隷」としての立場におかれることになる。

このような事情をふまえてわかることは、行為者は「主人」と「奴隷」の役割の両方を担っているということである。

「行為者の特徴」をまとめると、
  1. 「主人」は、「奴隷」を支配し、与えられた「目的」を達成する(プラトン的分離)
  2. 「主人」は、(能力を満たす)誰でも「奴隷」にできる(奴隷の匿名性)
  3. 「奴隷」は、「主人」から言われたことしか知らない(不可逆性)
  4. 「奴隷」は、「主人」から言われたことしか知らない(不可預言性)
  5. 「奴隷」は、「主人」に拘束されているだけである(不帰属性)
となる。

3、4が、(不可逆性、不可預言性)となっているのは、行為者が、自分の行為の範囲においても、「活動」の二つの性質をそのまま引き継いでいるためである。

では、ここで冒頭の質問にもどろう。
「行為」はなぜ、これほどまでに巨大な耐久能力をもっているか。
「行為」は、上記の特徴をもつ行為者によって行われているからだ。そして、行為者である人間は病気にかかったりや死んだりする事もあるが、「行為」は適任者でありさえすれば割り当てることができる(奴隷の匿名性)。

しかし、「行為」は耐久能力に勝れているかもしれないが、行為者は人間である。だから行為者の立場、人間の立場になって考えることが、この考察のもっとも重要なことになる。

たとえば、人間であるならば事故やトラブルに巻き込まれた場合、あるいは、事故やトラブルを起こす当事者になった場合、事故やトラブルの原因や被害を受けた人のことを心配したりするだろう。ところが、「活動」は、行為者の個人的な事情にはいっさい関与しないし、最悪の場合、別の行為者を割り当てることで「活動」を継続させる(安定性:内的障害への対応)。

また、「活動」そのものに想定していなかった問題が見つかっても、部分的な修正を加えるなど、「小さな活動」を入れ替えることで「活動」を継続させる(堅牢性:外的障害への対応力)。だから、「行為」は、あたらえられた「目的」に適うように自らを蘇生させながら継続することができる。そして、このような「活動」によって生じた事故やトラブルの原因は、「活動」や「行為」にではなく、行為者にその矛先を向けられやすい。このことは、なによりも残念であり、かつ残酷なこととであるが、人間だけが主体的に行動するという人びとの強い思い込みがあるためだろう。
彼の行為のほかならぬ意味は、活動者にとってはまったく明らかでなく、ただ自身は活動しない歴史家の過去を見る目にのみ明瞭になるということ。こうしたことをすべて人間は知っていた。p366-367
アーレントは、さまざまな事実関係を照合しようとする歴史家だけが、その事柄の真相を明らかにできると指摘している。もっとも、その真相が明らかになるまで、人間はどれだけ耐えられるのだろう。

「行為」は強く、行為者は弱い。

2011年8月22日月曜日

返らざる過程の科学(下)


返らざる過程の科学(上)]からの続き


人間の活動は、自然科学の実験のような不確かさをもっている。それは「条件の設定=仮説」に始まり、「時間の経過=実験」を経て、「結果の確認=実証」するまでは分からない、つまり「やってみないとわからない」という不確実さである。

人間の活動は「行動の規則」に従って、以下の3つの要素で表記できると書いた。
  • 主体(Subject)
  • 述部(Predicate)
  • 客体(Object)
たとえば、
Taro starts a party.(太郎がパーティを始める。) 
人間の一般的な行為が、相応の「時間の経過」で「終わる」ことを容易に想像できる。
The power plant starts fusion.(発電所は、核融合を開始する。)
一方、自然科学のような活動では「始まる=starts」と表記されても、「終わる」という明示されない場合、それは「時間の経過」を待っている状態にある。つまり、意図的に「終わる」ことが命令されない限り、自然法則に従って反復が繰り返されていることになる。そして、そのような反復がどのような時間単位で行われているか、その自然法則に通じない人には「何がどうなっている状態」なのかわからない。こうなるともはや、「始まる」ことは「終わる」ことを保証するものではない。
…活動がこのような側面をもっている為に、いったん始められた過程の結果は予言できず、そこで、近代では、もろさよりはむしろ不確実性のほうが、人間事象の決定的性格となる。『人間の条件』p364
「終わる」ことを予言できない、そうした不確かさこそ、現代的な活動の特質である。
…自然科学と歴史科学、このまったく新しい二つの近代科学の中心概念は過程の概念であり、その根本にある真の人間的経験は活動である。私たちが活動する能力を持ち、私たち自身の過程を始める能力をもっているからこそ、私たちは、自然と歴史を共に過程のシステムとして考えることができるのである。p364
自然であれ、歴史であれ、現代科学に対する理論的なアプローチは、関心が向けられた「対象」にはまず「仮説」が行われ、続いて「過程」があり、最後に「結果」がある。この時間の流れを順方向に進むのが「自然科学」であり、逆方向に進むのが「歴史科学」といえる。そして、どちらの場合でも「仮説」と「結果」が比較されてはじめて「実証」されたことになる。
ギリシャ人は自然物の永遠の存在あるいは永遠の反復と対比して、人間事象を考えた。だからギリシャ人の主要な関心事は、自分の周りには存在するものの、死すべき人間には所有できない不死に到達することであり、そのような不死にふさわしいものになることであった。p365
ギリシャ人は自然物が永遠に存在するものであり、あるいは、永遠に反復を繰り返すと捉えていたから、人間の活動においても、自然そのものがそうした自然法則から大きく変わるという前提など考えることはなかった。
ところが、近代人のように、このような不死に関心を示さない人びとにとっては、人間事象の領域は、これとまったく異なった、なぜかこれと相反するような側面を見せるにちがいない。つまり、こういう人びとにとって、人間事象は異状な弾力性をもっているように見えるのである。そして、その弾力性、つまり時間的な一貫性と連続性の力は、物の固い世界の安定した耐久性よりもはるかに勝れているよう見える。p365
ところが、自然科学によって、自然そのものが大きく変わることが前提になると、不死に関心のない人びとは、自然科学が取り組んでいるような問題に関心が向けるようになり、時間的な一貫性と連続性の力をもった力、つまり「永遠に反復を繰り返す活動」が、生産物をつくり出すよりも勝れていると思うようになる。
人間は、自分の手になる生産物なら何であれ、それを破壊する能力を常に持っているし、今日では、人間が作ったのではない地球と地球の自然さえを破壊する潜在能力を持つまでになった。ところが、人間というのは、自分たちが活動によって始めた過程については、どんなものでもそれを元に戻すことができず、それどころか、その過程を安全にコントロールすることさえできないのである。p365
生産物から地球や地球の自然まで、あらゆるものを破壊する能力を持つにいたった人間ではあるが、自然には在りえないような条件の「特異な自然領域」をつくり出すことができても、その「反復を繰り返す過程」そのものを安全にコントロールできずにるのである(注1)
なるほど、一つ一つの行為の起源や責任を忘れたり、うやむやにしてそれを非常にうまく覆い隠してしまうことができる。しかし、行為を取り消したり、その行為の結果を阻止することはできない。そして、いったん行われていることを取り消すことはできないというこの無能力は、いかなる行為の帰結をも予見できず、その行為の動機についてすら確実に知ることができないという、それをほとんど同じくらい安全な無能力に匹敵している。…この活動過程の耐久性は、人類そのものの耐久性と同じく無制限であり、物の腐敗性や人間の可死性から自立している。活動の結果や終わりを確実に予言できない理由は、単に活動が終わりをもたないからにすぎない。ただ一つの行為の過程も、文字通り人類そのものが終わるまで永遠に続くのである。p365-366
こうした「反復を繰り返す過程」という認識がなされる活動に包摂される一つ一つの行為の責任の所在は曖昧になりやすい。また、活動それ自体に結果や終わりが決められていなければ活動そのものは永遠に続くことになる。つまり、活動の「目的」が「持続すること」になっているような活動では、一つ一つの行為だけでなく、活動のそのものの起源や責任の所在が曖昧になりやすいのだ。
このように、行為は他のどんな人工の生産物よりも勝れた巨大な耐久能力をもっている。もし人間が活動過程のほかならぬ強さとなっている不可逆性と不可預言性という重荷を背負うことができるのなら、このことは自慢の糧にもなろう。しかし、人間はそれが不可能であることを常に知っていた。活動する人は自分の知っていることをまったく知らないということ。そして彼は自分の意図もせず予見さえしなかった帰結についてかならず「有罪」になるということ。彼の行為の結果がどんなに悲惨で予期しない物であろうとそれを元に戻すことはできないということ。彼が始める過程はただ一つの行為や出来事によってきっぱりと完結しないということ。彼の行為のほかならぬ意味は、活動者にとってはまったく明らかでなく、ただ自身は活動しない歴史家の過去を見る目にのみ明瞭になるということ。こうしたことをすべて人間は知っていた。p366-367
活動の行為者が、事故やトラブルに巻き込まれることがあった場合、彼がなんらかの責任を取るべき対象として扱われたり、彼の行為だけがすべての原因とされたりするかもしれない。しかし、いくつもの検証を重ねて設計された活動が、安全にコントロールできなかったとしても、その事実関係を整理して明らかにできるのは、歴史家だけである。

なぜなら、現代の科学的アプローチに通じた歴史家だけが、事故やトラブルの調査を通じて、このような「結果」を再現するために必要な「条件設定」を提示できるのである。そして、このような「条件設定」では、このような「惨事=結果」になると「(やってみて)わかった」と検証してみせる、とアーレントは指摘する。

注1:たとえば、明確な「目的」を持って開発されたコンピュータ・システムは、「堅牢性(外部的な障害に対する対策)」と「安定性(内部的な障害に対する対策)」のような概念をふまえて設計されている。しかし、こうした一連の対策は、既に予期されている障害に対する対策でしかない。最初から障害として注意を払われていないようなリスクは、「想定外」という言葉で片付けられてきた。

返らざる過程の科学(上)

…近代の末期までは、ただ、自然法則を探ることであり、自然の材料から対象物を作ることにすぎなかったのに…実験というのは、自然がそのままの姿で進んで与えてくれるものを観察し、記録し、干渉するというだけではもはや満足せず、人間の方が、条件を規定し、自然過程を挑発し始めることである。…本来、人間の干渉がなければ、眠ったままのものであり、おそらくけっして生起しなかったものである。そして、自然の中への活動が拡大した結果、ついに自然を「作る」本物の術が現われた。つまり、これは、人間がいなければ決して存在せず、地球の自然だけでは完成させることができないと思われるような「自然」過程を創造する術である。『人間の条件』p362-363
人間は、自然を「作る」本物の術を手に入れた。この「術」は、これまでの「手段」のように「力を加えれば変形する」あるいは「熱を加えれば気化する」といったような自然法則とは異なる、「新しい自然過程を創造する術」である。まさに、人間は「人間がいなければ決して存在せず、地球の自然だけでは完成させることができない術」を手に入れたのである。
もっとも、地球を囲む宇宙では、この人間が新しく創造した「自然」過程と同じ過程、あるいはそれに似た過程は普通の現象であるが。実験においては人間の規定する条件が自然過程に適用され、自然過程は強制的に人工の型に投げ入れられる。私たちは結局、このような実験を導入することにより、いかにして「太陽で起こっている過程を反復する」かという方法、つまり人間の助けなしに宇宙でのみ発生するようなエネルギーをいかにして地上の自然過程から取り出すかという方法を学んだのである。 p363
このような「新しい術=太陽で起こっている過程を反復する」と「新しい結果=エネルギーを生み出す」の関係を学ぶには「実験」を導入する必要があった。 アーレントは、この「実験から知りえた術」をそれまでの「自然法則」と同じようには考えない。このことには注意が必要である。
こうして、自然科学は、もっぱら過程の科学となり、その最終段階では、潜在的に元に戻すことができないので不可逆的な「返らざる過程」の科学となったのである。この事実こそ、たしかにこの過程を出発させるのに頭脳力が必要であったとしても、この過程を実際に即している根源的な人間的能力が、「理論的」能力である観照でも推論でもなく、実に人間の活動能力にほかならないということを明白に物語っているのである。なぜなら、この活動能力こそ、人間の領域に解放されようが、自然の領域に解放されようが、結果が不確かで予言できない先例のない新しい過程を始める能力だからである。p363-364
「自然法則」は、自然現象の仕組みを知ろうとした哲学者の観照や推論から発見されたものであるのに対して、アーレントは「実験から知りえた術」を「自然科学」と呼んではいるものの、それが人間の活動能力にほかならないと指摘する。つまり、「自然科学=実験から知りえた術」は「実験の結果」がすべてであり、「結果」の不確かさがつきまとうものである(注1)

両者を改めて併記してみる。
「目的を達成するための手段=自然法則」は「確かな結果」をもたらす。
一方、
「実験から学ぶ術=自然科学」は、「実験」と同じ環境においてのみ「確かな(はずの)結果」をもたらす。
となる。

アーレントは、こうした事情から、
こうして、自然科学は、もっぱら過程の科学となり、その最終段階では、潜在的に元に戻すことができないので不可逆的な「返らざる過程」の科学となった
と指摘しているのだ。

注1:私たちがどの程度まで、文字通り、自然の中へ活動を始めているかということは、おそらく最近ある科学者がたまたま述べた言葉の中に最もよく示されているだろう。彼はまったく真面目に次のように述べたのである。「基礎研究とは、私がなにを行っているのか知らない事柄を行っている場合である」p362-363


行動の規則

アーレントが示した基本的な人間の活動力(「活動」「仕事」「労働」)は、時代を経るにつれ概念的な境界の見分けがつきにくくなっていく。 それは「活動」を「知」と「行為」に分離することに始まったが、結果的には、さまざまな人間活動を「目的=知」と「手段=行為」の関係に置き換えていったからである。なぜならそれは、「プラトン的分離」が、プラトンが主張したように「主人=知の役割を担う者」が「奴隷=行為の役割を担う者たち」を支配する関係が手本になっていたためである。
だから、プラトンが、公的問題における行動(ビヘイビア)の規則は、うまく治められた家族の主人=奴隷関係に求めなければならないと主張した時それは事実上、人間事象においては活動はいかなる役割を果たすべきではないという意味であった。『人間の条件』p353
この行動(ビヘイビア=行為)の規則が作られたことで、「汝らの行くところ汝らがポリスなり」で指摘されていたことは、ポリスがなくなってしまった後も、人間活動のさまざまな状況に見いだされるようになる。
  • 概念(Concept)
  • 行為(Behavior)
  • 生産物(Artifact)
「概念」は、常に「目的」に置き換えることができる。なぜなら、置き換えが可能な「目的」とは、「プラトン的分離」によって分けられた「活動」の「知=目的」ではなく、「行為=手段」の属性、つまり、「行為の役割を担う者」にとっての「概念=目的」にほかならないからである。そのため、「行為の役割を担う者」を「主体」としてみると、「行為」と「生産物」をそれぞれ、「述語」と「客体」に置き換えることができる。

この置き換えの結果を以下のように書き出してみる。
  • 主体(Subject)
  • 述部(Predicate)
  • 客体(Object)
つまり、ここに「プラトン的分離」とは、「活動」の「言語」的な表記を目指したものであったと考えることが可能になる(注1)。そしてこれは、まさにプラトンが主張した「行動(ビヘイビア)の規則」であるといえる。

現代世界では、すべての人間生命を拘束する苦痛の多い努力としての労働は、外見上、除去されている。その結果、なによりもまず、今や仕事が労働の様式で行われるようになり、本来、仕事の産物である使用対象物があたかも単なる消費材であるかのように消費されている。p362
現代世界では、奴隷労働にあったような外見上の苦痛は取り除かれたけれど、「行為の役割を担う者」は、「目的=何を作るのか」を命令されれば「行為=どうやって作るか」を執行するという、主人と奴隷の関係と変わらない関係になっている。もちろん、「仕事」として「契約」が前提になっていることはいうまでもないが、それでもこれが、現代世界の「行動(ビヘイビア)の規則」なのである(注2)

この「仕事の産物である使用対象物があたかも単なる消費材であるかのように消費されている」という指摘では、こうした「行為=どうやって作るか」を行うにあたっては、「生産すること(自分に与えられた目的を行う)」と「消費すること(既に作られた道具=手段を使う)」が切り離せない関係になっていることに注意しなくてはならないだろう。 つまり、現代世界では「目的=何を作るのか」と「手段=どうやって作るか」は、常に入れ子関係のような状態になっているのである。これはかつて、「職人」が「道具を作ること」と「生産物を作ること」をひとりの作業として行っていたことと比較して考えると興味深いだろう。

「目的と手段」。その「手段」の中に見いだされる「目的と手段」。現代世界の「製作」において「知の役割を担う者」は、このような包摂的な関係を再帰的に見つけ出してきては、それらを計画的に扱えるようにしてきている。
同じように、活動は不確かなものだから、これを取り除き、人間事象をそのもろさから救おうとする試みがなされた。つまり、人間事象は、あたかも人間による製作の計画的産物であり、またそうなりうるかのように扱われたのである。p362
それは、プラトンがユートピア的な政治システムを組み立てるために青写真のような「製作の事例」を作らせたときの産物にたいしても当てはまるし、そうした「製作の事例」が蓄積されてきたおかげとも考えることができる。いずれにしても。こうした活動は、さまざまな人間事象を終始一貫した製作の様式に変形してきているのである(注3)

注1:言語解析では、この3つの要素を一つの表現単位(トリプルと呼ばれている)とする考え方に基づいて、人間の行うさまざまな言語的表現を解析しようとしている。RDF(Resource Description Framework)は、その代表的な技術である。
注2:「行動の規則」は、企業(=法人)の場合にも当てはまるだろう。企業の目的は、「定款」のような法的文書に記載された「活動目的」である。 
注3:日本の省官庁などの行政機関は、まさにこうした状態を実践している。いちいち政治家がいわないうちから何を作るべきかというような「製作の計画」のようなものを作っていることは周知の通りである。

2011年8月20日土曜日

もっと信頼できる固いカテゴリー

アーレントは、「知」と「行為」に分離された政治活動では、「目的=知」の為に「手段=行為」が正当化されるようになる。しかし、それは、とても恐ろしい結果に行き着くこととなり、僕たちは、それに気がつく最初の世代になると指摘する。
目的として定められたある事柄を追求するためには、効果的でありさえすれば、すべての手段が許され、正当化される。こういう考えを追求してゆけば、最後にはどんなに恐ろしい結果が生まれるか、私たちは、おそらく、そのことに十分気がつきがつき始めた最初の世代であろう。『人間の条件』p359-360
 僕たちは、恐ろしい結末に至らないようにすることができるのだろうか?
しかし、このような踏みなさらされた思考の道筋を避けるには、それにいくつかの限定条件を付け加えるだけでは不十分である。たとえば、必ずしもすべての手段が許されているわけではないとか、目的よりも手段の方が重要であるのはただ一定の状況のもとにおいてであるというようないくつかの限定条件はあまり意味がない。このような限定条件は、自分から進んで認めていない道徳体系を当然のこととして認めてしまうか、自ら用いている言葉とアナロジーそのものによって覆されるか、そのどちらかである。なぜなら、目的とは、すべての手段を必ずしも正当化しないなどというのは、逆説を語ることになるからである。そして逆説は常にそこに難問があることは示しはするものの、それを解決するものではなく、したがって説得的ではない。p360
アーレントがいう「踏みならされた思考の道筋」とは、「プラトン分離」に始まった「知」と「行為」に分離された政治活動が、現代ではもはや、多くの人びとが疑いを持たずに受け入れてしまっている考え方を指しているといえる。不幸なことに、「思考の道筋」といいながら、ほとんど考える間を持たないまま「それはそんなもの」と思い込まれているようになっている。「目的」を掲げた時点で、「手段」に対する限定条件を設定しても、「目的」を変えないことが自己矛盾を生み出してしまい、人びとの理解を得られるような説明にはならなくなってしまう。
政治領域で扱われているのは、目的と手段であると信じられているの限り、だれかが、普通認められている目的を追求するのにありとあらゆる手段を用いるとしても、それを禁じることはできないのである。p360
アーレントは、政治が「目的」と「手段」であると信じられている間は、どのような「手段」が用いられても、それが「目的」を達成するためとして看過している僕たち自身の存在を気づかせようとする。
なるほど近代になってはじめて、人間は、まずなによりも〈工作人〉、道具の作り手、物の生産者として定義づけられた。いいかえれば、近代以前の伝統が製作の分野全体に抱いていた根深い侮辱の念と疑念が克服されたのは、ようやく近代なってからである。しかし、この近代以前の伝統も、やはり近代と同じような活動に背を向けていた。それは、もちろん近代の場合ほど公然とではなかったが、結果的には近代と同じであった。そうである以上、近代以前の伝統も、活動を製作の観点から解釈せざるを得なかったし、製作に対して疑念や侮辱の念を持っていたにもかかわらず、後に近代が依拠することになる一定の思考の傾向とパターンをすでに政治哲学の中に取り入れていたのである。この点では近代は伝統を転倒させたのではなく、むしろ、伝統をその「偏見」から解放してやったのである。p360-361
近代になって、〈工作人〉はそれまでの「職人」ではなく、「道具の作り手」あるいは「ものの生産者」という「製作の手段」として定義されるようになり、それと同時に、職人に対する根深い侮辱の念や疑念というものが克服されるようになった。アーレントは、その際、製作のなかにあった「一定の思考の傾向とパターン」が政治哲学の中に取り込まれたことに注目している。そして、それによって「偏見」から解放されるようになったといいながら、この「偏見」の正体を明かそうとしている。
なにしろ、この「偏見」のおかげで、伝統は、職人の仕事は人間事象を構成する「無益な」意見や行為よりも高い順位を占めるべきだと公然と述べることができなかったからである。要は、プラトン―とある程度までアリストテレス―は一方で、職人を一人前の市民よりも価値の低いものと考えていながら、他方では、政治問題を製作として扱い、政治体を製作の形で支配するように提案した最初の人であったということである。p361
アーレントは、〈工作人〉について考察する中で、以下のように述べていた。
ただ野卑な人だけが、卑屈にも、自負を自分のなしたことに求めるであろう。 このような人は、この卑屈さによって、自分自身の能力の「奴隷や囚人」になるのである。そして、そこにただ愚かな虚栄しか見られないとき、このような人たちは、実際、自分自身の奴隷となり囚人となるのであるが、それは、他人の召使いになるのと同じくらいつらく、いや、おそらくそれ以上に恥辱的であるということが判るだろう。p338
プラトンは「知」は「支配」であり「行為」は「執行」であると同一視していたが、このような「偏見」を捨てきれずにいたことには、こうした〈工作人〉の本質を捉えていたからではないだろうか。〈工作人〉が「自負を自分のなしたことに求める」のであれば、「目的」を「自分のなすべきこと」として与えてやれば、〈工作人〉の虚栄心は満たされることになると考えていたからではないだろうか。
この外見上の矛盾は、人間の活動能力につきまとう難問が本当に根深いものであることを示している。それと同時に、ここには、活動の冒険と危険を取り除きたいという誘惑がいかに根強いものであるかということがはっきりと示されている。実際、自然に立ち向かって人間の工作物を打ち立てる場合の活動力には活動よりももっと信頼できる固いカテゴリーがそなわっており、私たちはそれを人間関係の網の目の中に導入することによって、活動の冒険と危険を取り除きたいと考えているのである。p361
人間の活動能力につきまとう難問」とは、プラトンが〈工作人〉の虚栄心を満たしながら、一方で、〈工作人〉に「目的=自分のなすべきこと」を与えた、その因果関係にあるように思われる。たとえば、人びとが活動に加わりたいと望む気持ちがあっても、それに伴う危険を取り除きたいという誘惑は大きいことはいうまでもないだろう。〈工作人〉の場合、「もっと信頼できる固いカテゴリー」という自然界の法則に従って物を作ることができる。たとえば、物に力を加えれば変形するし、物に熱を加えれば柔らかくなったり燃えたりするだろう。つまり、アーレントは、「人間の活動能力につきまとう難問」を解決するために、この「もっと信頼できる固いカテゴリー」と呼べるようなものを人間関係の網の目に導入したいと考えているのではないだろうか。

アーレントは「目的」と「行為」に言及しながら、「もっと信頼できる固いカテゴリー」という表現を使っている。僕はそこに、敢えて「根拠」というような言葉に置き換えようとしなかったアーレントの深遠な意図を感じる。この表現は、「踏みなさらされた思考の道筋」や「一定の思考の傾向とパターン」といった硬直的になってしまった思考過程と同じものではないことに注意して欲しいと思う。

2011年8月19日金曜日

ユートピアと暴力

プラトン的分離」によって「知」と「行為」が切り分けられたことにより、何をどうやって作れば良いのか?といった製作過程が緻密な計画案(青写真)として作られるようになった。
このようなものの考え方からすれば、人間事象のテクニシャンを習得したある人物が、一つのモデルに従ってユートピア的な政治システムを組み立てるのは、ほとんど自明のこととなる。プラトンは、政(治)体を作るための青写真を考案した最初の人であり、その後生まれたあらゆるユートピアに霊感を与えている。…これらのユートピアは、意識的にしろ、無意識的にしろ、活動の観念を製作の観念から解釈しているような政治思想の伝統を保持し、発展させるのに最も効果的な手段の一つであった。『人間の条件』p358-359
しかし、アーレントによれば、その計画案は実現された場合があっても、すぐに現実に押されて解体してしまったようだ。
たしかに、これらのユートピアのうち、歴史上、目に見えるほどの役割を果たしたものは一つもない。なぜなら、まれに、ユートピア計画が実現された場合があっても、現実に押されてすぐ解体してしまったからである。しかも、その現実というのは外部的環境の現実というよりは、むしろそのユートピア計画がコントロールできなかった真の人間関係の現実のことである。…いうまでもなく、暴力は、製作にかならず伴うものである。だから、活動を製作の観点から解釈する政治的計画や政治思想では、暴力がいつも重要な役割を果たしてきた。p358
この「現実」とは、「プラトン的分離」によって生じた「知」の独占を巡る対立ではないかとおもう。「知」は「行為」を決定することからも大きな権力の象徴であったから、「哲人王の知」と「哲学者の知」の対立ではなかったか。
…暴力には、自分を正当化し、制限するためのある目的が必要であった。いいかえれば、暴力はそれ自体を賛美するということは、近代以前の政治思想の伝統にはまったくなかったことである。一般的にいえば、観照と推理が人間の最高能力であると仮定されている限り、暴力の賛美は不可能であった。なぜなら、このような仮定のもとでは、労働はもとより、製作や活動も含めて、いっさいの「活動的生活」の要素は、第二義的で手段的なものに留まっていたからである。その結果、もっとも狭い政治倫理の分野では、支配の概念やそれに伴う正統性および正当な権威の問題の方が、活動そのものの理解や解釈をはるかに決定的な役割を果たした。 
もっとも、近代以前の政治思想の伝統において、暴力それ自体は賛美されていなかったようだ。「プラトン的分離」のもとでは、「知」の主導権争いを巡って暴力が集中することになったのは必然的なことであるように思う。一方、それと同時に、「行為」は「知」の決定に従ったものとして反論するような余地のまったくないものとして定着していった。つまり、「知の役割を担う者」が「行為の役割を担う者たち」を支配する構図が完成していったことに注意する必要があるだろう。

また、通俗的な表現だが「利権争い」のような、特定の「知」を支持する人たちの集団的な対立が生まれる要因が潜んでいることを敢えて書き添えておきたい。特に注意して欲しいのは、この支持者たちは純粋に「知」を理解して対立しているのではなく、「知の役割を担う者」を支持することで、それに従ったものに与えられる「利益」から対立しているという点である。
しかし、近代になって、人間は自分の作るものだけを知ることができ、人間のいわゆるいっそう高い能力は製作に依存しており、したがって人間はなによりもまず〈工作人〉であって、「理性的動物」ではないという確信が生まれた。
近代になって、「行為の役割を担う者たち=工作人」は、「自分が何を作るのか」を知ることにつとめ、「知の役割を担う者=理性的動物」の立場から遠ざかっていった。消極的ではあるがこのことをいいかえると、自らの「行為」に専業し、同時に「自らの行為に係わる知」だけに係わる考え方が広まったのではないだろうか(注2)
このような確信が生まれたとき、人間事象の領域を製作の分野と見なす解釈にもともと含まれていた暴力の意味が前面に出てきたのである。このことは近代に特徴的な一連の革命に、とくに印象的なことである。アメリカ革命だけは例外であるが、このような近代の革命では、いずれも、新しい政治体を創設しようとするローマの熱意と、新しい政治体を「作る」唯一の手段としての暴力の賛美が結びついている。マルクスは、「暴力は新しい社会を孕むすべての古い社会の産婆であり」、暴力は、歴史と政治のすべての変化の産婆であると述べた。このマルクスの格言は、近代全体の確信を要約し、ちょうど自然が神によって「作られる」のと同じように、歴史は、人間によって「作られる」という近代の内奥の確信を結論づけたものにすぎない。
「プラトン的分離」によって、人びとが「知」と「行為」の役割に分割された結果、「知の役割を担う者=理性的動物」の専業化が進み、それは「古い知」と「新しい知」、あるいは「ある知」と「異なる知」(注1)といった対立を生みだした。その結果、「知」が入れ替って新しい社会が生まれようとする時には「暴力」が前面に出てきたのである。

また、この「知」に絡んで「利益」のような対立があったことも見逃せないこととして書き添えておきたい。なぜなら、アメリカ革命は、特定の「知=利益」を支持する人たちの集団的な対立から起きた「戦争」であったと考えられるからである。

注1:アメリカ革命だけを例外とするのは、それは議会における意見の対立という政治的過程による区別だと思われる。
注2:日本では、士農工商などの社会的な役割を設定し、その役割の中での「知」と「行為」に専念することが階級社会の制約としてあったことを敢えて指摘しておきたい。



プラトン的分離

僕の工業デザイナーとして働いてきた経験を前提に考えると、以下にある「プラトン的分離」は、デザイナーの制作過程のそれにとてもよく似ていると思う。
このような知と行為のプラトン的分離は、あらゆる支配の理論の根本にあるものであって、これらの理論は、旺盛で無責任な権力意志を単に正当化しているだけのものではない。プラトンは、純粋な概念の力と哲学的な明晰さを持って、知を命令=支配と同一視し、活動を服従=執行と同一視した。『人間の条件』p354-355
つまり、緻密な設計作業が「知」の部分に当たり、設計を元に製造する部分が「活動」に当たる。工業デザイナー(設計)と工場(製造)による分業体制、さまざまな効率化を図る上で、とても重要な意味を持つ。

アーレントがドイツで過ごしていた時代は、バウハウスが工業デザインの新しい流れを切り開いた時代でもあった。バウハウスから生み出された工業製品は、荒廃したドイツ復興を牽引する象徴的なものであったし、同時に国内の産業基盤の再生を目指したものであったことから、常に効率的な量産が意識されていた。そのため、アーレントもまた、そうした工業製品が作られる裏側に「プラトン的分離」が行われているのを強く感じていたのではないだろうか。
…確かに、プラトンは深さと美をユニークな仕方で融合し、その重みによって彼の思想は何世紀も続くことになった。 しかし、それを別とすれば、彼の著作のうちで特にこの支配の概念の部分が長く生命を保っているのには別の理由がある。それは、彼が活動を支配に置き換えたとき、それをもっと真実らしく説明するために製作の分野に事例を求めたということである。これによって、この置き換えはいっそう強化された。実際、プラトンは、その哲学上の中心的概念である「イデア」という用語を、製作の領域における経験から得ており、それに気づいた最初の人であったと思われる。p355 
工業デザインの世界では、量産化体制に入る前には、かならず原型(プロトタイプ)制作が行われる。 アーレントは、プラトンが「それをもっと真実らしく説明するために製作の分野に事例を求めた」としているが、この考察で間違いないだろう。原型制作を行うといろいろなことが明らかになる。一つの制作物を作るために必要な時間、コスト、材料、工作人の数や技量といったもの。

現代人の多くが誤解していることだが、近代の終わりくらいまで、工芸品の制作や建築には、プロトタイプのような考え方はあまり一般的でなかった。もっぱら手仕事による制作が基本だったので、職人がその都度、自分たちの基準で寸法を決めて物作りを行っていた。しかし、ローマ帝国の時代には、ローマへ続く道路建設のために道路幅や道路の材質などの原型が用意され、馬車等にも同じ寸法の車輪が使われていたことが知られている。プラトンの生きた時代は、ローマ帝国よりも更に遡るので、そうした製作技術がプラトンによって生み出され、ローマ帝国の崩壊とともに消えていき、ドイツのバウハウスにおいて再び、そうした製作技術が復興を遂げているのはきわめて興味深い。

とはいえ、ドイツにおける量産技術の確立は、戦争の暴力装置の量産に使われていくことになる。アーレントからすれば、神妙な気持ちにならざるを得ないところではないだろうか。
それはともかく、知と行為の区別は、活動の領域とはまったく無縁のものである。というのは、この領域では、思考と活動が分離する途端にその有効性と有意味性が失われてしまうからである。これに反して、製作においては、知と行為の分離は、日々の経験にすぎない。なぜなら、製作の過程が、二つの部分に分かれていることは明白だからである。すなわち、製作過程では、まず第一に、あるべき生産物のイメージあるいは形(エイドス)を知覚し、次いで、手段を組織化し、仕事に取りかかるのである。p355 
上記の考察は、この内容から裏付けられるだろう。
プラトンは、仕事と製作に固有の固さを人間事象の領域に与えるために、活動と製作を置き換えようとしたのであるが、このような彼の願望は、彼の哲学の中核であるイデア説に触れると最も明白になる。…ただ『国家』においてのみ、イデアは、標準、尺度、行動基準に変形されている。これらの基準はすべて、ギリシャ的意味における「善(グッド)」、すなわち「役に立つ(グッド・フォー)」あるいは適合性の観念の変種であり、その派生物である。…しかし、この善のイデアは、哲学者の最高のイデアではない。…『国家』においてさえ、哲学者は、依然として善の愛好者ではなく、美の愛好者として定義されているのである。むしろ善は、哲人王の最高のイデアなのである。p356 
僕の考察が間違いなければ、プラトンは、「工業デザインの祖」と呼んでも良いのではないかと思えるほど卓越している。ただし、アーレントの記述からは、現代の商業主義的な工業デザイン(ただし、ほんの最近までの…)を念頭に考えると、ちょっとばかり目指していたものが違うのではないかと思える。それが、「善の愛好者」と「美の愛好者」とする比較である。この対比をもう少し具体的に砕いておく。

「美の愛好者」のほうが、現代の商業主義的な工業デザインに近いといえる。フォルムやスタイリングという言葉を耳にされる方もあると思うが、その本質が何かと言えば、車であれば、早い感じ、ズッシリと重厚な感じ、という感性的イメージに基づいた造形を指している。辛辣な言い方をすれば、「早そうに見えても早くない」「重そうに見えても重くない」のであるが、ユーザーの美的感覚に訴える場合のデザインである。

一方、「善の愛好者」のほうが、より機能性を重視したデザインだと考えられる。「大きなハンドルが取り回しやすければ、大きなハンドルが車にはつけられ」、「高速走行時に安定するから車輪を大きくする」などのデザインが施される。まさに、実質本意であるし、「役に立つ(グッド・フォー)」を最優先したものと考えられる。

ちなみに、バウハウスのデザインが現代において高く評価されるのは、量産品特有の機能主義だけでなく、美の追求を忘れなかった点にある。
なぜなら哲人王は、人びとの間で生活を送らねばならず、永遠にイデアの大空の元に住むことができないゆえに人間事象の支配者たろうとするからである。哲人王は、多くのさまざまな人間の行為と言葉を測り包括する基準あるいは尺度として導きのイデアを必要とする。しかし、それは、彼がもう一度自分の仲間と住むために人間事象の暗い洞窟に戻ってくるときだけである。この場合、哲人王は絶対的で「客観的な」確かさを必要とするが、その確かさは、例えば職人が、永遠に変わらないモデルであるベッド一般の「イデア」を用いてベッドを作ったり、同じ方法で素人がここのベッドを判断したりするときと同じ確かさである。p356-357 
ここで、アーレントは、哲人王が 「多くのさまざまな人間の行為と言葉を測り包括する基準あるいは尺度として導きのイデア」を必要としたとしているが、この記述からは、プラトンは「フィールド・マーケティング」を行いながら、市場ニーズの中心をなす基準づくりを試みようとしていたと思われる。
この場合、強制的要素は、芸術家や職人の人格にあるのではなく、むしろ彼らの芸術や工芸の非人格的な対象物にあるのである。『国家』において哲人王は、職人が自分の尺度や物差しを使うようにイデアを用いている。彼は、彫刻家が像を作るように、自分の都市を「作る」のである。プラトンの最後の作品では、これと同じイデアが、ただ執行を待つだけの法律にさえなっている。p357
プラトンは、さまざまな考察を加えた原型制作を通じて、量産化体制に向けた綿密な計画を作っていたと考えられる。それは、アーレントが指摘する分離された「知」の部分であることは疑いようがないだろう。そして、その綿密な計画を現代の政治システムに喩えるならば、行動計画書を付けた状態で議会承認を待つ「法案」のようにみえる。

哲人王、プラトン…。

アーレントはプラトンに何を見ているのだろうか。